かもめは本を読まない。

大好きなのは「日常の謎」。普段当たり前のように目にしている風景に、意外な切り口で迫っていく、その視点の鋭さに思わずため息が出ます。

文学少女

「物語」を読んでもらえない彼女/野村美月『“文学少女”と恋する挿話集2(エピソード)』/感想/ファミ通文庫

 それでも私は彼にずっと恋していた。

 一気に二度読みしてしまった。前回の初戀といい、超傑作が続くなぁ。作者さんのライフワーク的作品になっているんだろうか。



 非常に重たい恋愛関係(ある意味命を賭した)が多い文学少女シリーズなので、本作に登場する森ちゃんと反町くんのバカップルっぷりはだいぶ癒されます。その一方でななせさんが初恋に敗れる一年をも追っているのが凄まじい。

 この別の人物から語られる「琴吹ななせ」というのが、実は本作の本題だったんだろうな、と思ったりします。作中では、ツンデレじゃない、あれはツンツンツンツン……フンっだ、デレがない、とまで言われてしまう彼女ですが、その実非常に可愛らしい内面を持っています。今回はそれが恋日記にて浮き彫りになったので、よりそのギャップに心を打たれましたよ。なんで、こんなに不器用なんだ。

 内面(空想)と現実のギャップをその人の「物語」を読むことで解消し、そして、現実へと立ち向かっていく様を描くというのが文学少女シリーズだと前回述べましたが、琴吹さんの場合なぜかこの「物語」を読んでもらえません。

 今回登場したネタ本はすべて「詩集」でした。

 ハイネもパイロンも中原中也もタゴールも、すべて詩人です。森くららさんとの恋に息詰まった時に、反町くんを助けてくれたこれらの詩人達ですが、その実すべて琴吹ななせさんのことを語っていたのではないかと再読して気がつきました。

 ハイネのように片思いに苦しんでいたのも、パイロンのようにうざったいまでに恋をしていたのも、中原中也のように三角関係に苦しんだのも、ななせさんです。タゴールの所だけ今ひとつぴんと来ないんですが、頑張った彼女への祝福の詩でしょうか。

 いずれにしても、今回の詩人シリーズでモチーフとされているのはすべて詩です。外伝だから「物語」じゃないのかなぁ、とも思いましたが、それにしても森ちゃんや反町くんには当てはまらない感じがします(中原中也など特に)。であれば、今巻の裏の主役琴吹さんではないだろうかと。

「物語」でなかったのは、彼女自身の物語がまだ残っているからだと思います。彼女自身の「物語」を読まれることでようやく彼女の初恋は終わるのでは、と。それは多分文学少女見習いの菜乃さんも同じなので、見習いシリーズで語られるのでは、と思ったり。琴吹さん同様、菜乃さんも相当「いい女」だと思っているので、楽しみです。あちらのシリーズもまだまだ見逃せませんね。次の傷心が発売される十二月が今から待ち遠しい。

“文学少女”と恋する挿話集 2 (ファミ通文庫)
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→次巻は12月26日発売!

DVD付特装版"文学少女"見習いの、傷心。(ファミ通文庫)
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野村美月『“文学少女”見習いの、初戀。』/感想/ファミ通文庫

「だって、この世で一番確かな愛の形は、一緒に命を終えることでしょう?」

 挿話集(エピソード)が本シリーズの補完ならば、この「“文学少女”見習い」は新機軸。紛れもなく、もうひとつの「文学少女」シリーズ。しかし、このシリーズでも琴吹さんの扱いがひどすぎてステキです。



 内面と現実のギャップに苦しんで、それでも自身の持つ内面の豊かさによって現実に負けることなく生きていく少女を描くのが「少女小説」ならば、この文学少女シリーズもあるいはその系譜を辿るのかもしれません。

 本シリーズにおけるギャップは、そのまま自身の空想(物語)と現実との間に横たわるものです。しかし、一つ本シリーズ特有のものがあるとすれば、ラストで語られる現実が「文学少女」シリーズでは天野遠子先輩、そして、この「見習い」シリーズでは井上心葉の「想像」である、という点ですね。メタ的に言ってしまえば、物語のイチ解釈にすぎません。毎回毎回モチーフとされる本があることによって、その説得力が増しているとはいえ、それは「想像」そのものです。ただの妄想です。

 もとより、各巻でクローズアップされる人物が信じている「現実」もまたそれぞれの「想像」に他ならないわけですが、それがゆえに彼らの現実は強固です。断片を繋げて自身で創りだしたものなので、そう簡単には崩せません。

 その一方で、それは創造された「物語」ですので、他の「読み」が可能であったりします。それらを行っているのが、遠子先輩であり、心葉くんです。

 ただし、そこで行われる「想像」が、作り手にとって必ずしも救いになるわけではない。今回芦屋朱里さんのように、信じたくなかったことかもしれません。

 嫌な現実を創造して磨耗しているのに、それよりもまた痛い「真実」を想像されるという二重苦です。特に今回はシリーズ第一作『“文学少女”と死にたがりの道化(ピエロ)』とシンクロされるような構成になっているので、そこが顕著だったりします。


 もう死ぬしかない――


 というところまで行ってしまいます。内面と現実のギャップに耐えきれず、もはや現実へ向かい合う気をなくしてしまう。ですが、そこから始まる文学少女見習い、日坂菜乃さんの語りが素晴らしい。誰もが『曽根崎心中』内のことを考えている中、それを語った近松門左衛門本人に焦点を絞っていく。それはもちろん松本和くんと朱里さん自身のことでもある、と。

 これは僕たち読者たちも胸に刻んでおかねばならぬことでもありますが、ついつい物語を読むことに夢中になってしまい、その背後にいる作者のことを忘れてしまいがちです。そこを突いて、一気に朱里さんを引っ張り上げ、現実へと向かい合わせる菜乃さんは、もう立派に「文学少女」をやってる気がします。異論は認めない。

 そして、その姿勢はまた心葉くんの痛いところを突き出すんでしょう。彼の作家としての在り方は、未だ変わっていません。今回番外編で美羽が語るように、美羽の作家だったのが遠子先輩の作家になっただけです。その姿勢は近松門左衛門の姿勢とは大きく異なっている。

 これまたただの「想像」にすぎませんが、この作品の解釈を借りるならば、近松門左衛門相当すごい男です。「曽根崎心中」は実在する事件が元になっているということですが、これたぶん少なからず影響が出て、心中に憧れる人が出たんじゃないかなぁ、と。そこに事件から一ヶ月後にスピード公演する『曽根崎心中』ですよ。

 徳兵衛とお初が最後に聞く、鐘の音はいったい何だったのか。明日への象徴だったのではないかとまあ僕は思うんですが、それを寂しく聞いてしまう彼らは本当に幸せなのかと。ちゃんと真正面から、大衆をせき止めようと一石投じている。世間の風潮に流されていない感のある、近松門左衛門、かなり格好イイです。おれ、今ちょっと憧れてる。

 そういう作家として相当格好イイ在り方をしている彼に対して、心葉の作家としての在り方は正味微妙です。彼は今も昔も物語っているのではなく、告白しようとしている。それは別に空想の力を借りずとも、現実で事を成せるし、そうしなければいけないことでもあるので、やっぱり、おやっ?と感じてしまう。

 そこで強烈にアプローチしてくる菜乃さんの存在が生き生きとしてくるんですね。そして、何よりその現実が心葉には痛い。だから、大嫌いなんて言ってしまう。彼自身、意識的か無意識的かわかりませんけれど、わかっているんでしょう。

 だけど、これからも彼女は鬱陶しくつきまとってくるだろうし、作家に視野を広げた読み方をしてくる。それに対して心葉は何を思うのか。そして、いずれは菜乃さん自身も、心葉先輩に振り返ってもらえないという現実に立ち向かっていかねばならない。それはもちろん琴吹さんにも言えることで、彼女の物語が終わっていないのはそこが描かれていないからでしょう。

 そうした意味では、外伝といえどまだまだ終わっていない感のあるシリーズなので、これからも楽しみです。最後まで刮目してついていこうと思ってます。



“文学少女”見習いの、初戀。 (ファミ通文庫)
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2010年劇場アニメ化決定/野村美月『“文学少女”と恋する挿話集1』/感想/ファミ通文庫

 ななせさんの放置っぷりが素晴らしい短編集。誤解を招きそうだけど、この主役になれない感じが、彼女を魅力的にしているような気がしてます。



 収録されている短編は合わせて、十本。以下個別に感想をば。

■“文学少女”と恋する牛魔王(ミノタウロス)

 ツルゲーネフの『はつ恋』をモチーフに描かれるのは、牛園たくみの華麗なる失恋劇。まともに文章も書けず、本も読めないとあっては、遠子先輩に見向きもされないのは当然ですが、これは……笑いが止まらない(笑)。ある意味涙なしには語れないエピソードになってます。最後おれには柔道部の仲間たちがいるんだー、ときれいにまとめている感じになってますが、まとまってません。それ現実逃避だから。

 遠子先輩と牛園の一方通行的な会話が面白いですが、本家のヴラジミールとジナイーダもこんな会話を繰り広げているんだろうか。ネタ本自体に興味がいく。

■“文学少女”と今日のおやつ〜『更級日記』〜

 『源氏物語』に憧れた少女菅原孝標女が晩年その日々を回想する形で描かれたのが今回のネタ本『更級日記』ですが、『文学少女』シリーズを読み終えたあとに読むと感慨深いショートショート。他人の恋を叶えたいと願ったあのポストを遠子さんはどんな気持ちで設置したのかと思うと、じーんと来る。

 また『更級日記』に限らず、一読した物語を再読してみると新たに見えてくるものがある。そういう普遍的な物語の楽しみ方を語っているのも好きな所。物語を読む楽しみに満ちているのが本シリーズ。

■“文学少女”と革命する労働者(プロレタリア)

 これは小林多喜二の『蟹工船』をモチーフにした作品ですが、うーん、悲惨なんだか悲惨じゃないんだかよくわかんない内容になってます。文芸部とボート部の「盟約」が果たされる、ある意味熱い作品。確かに皆の力を集めて革命を起こそうとなれば熱くならざるをえないものですが、それが筋骨隆々の男たちで描かれると、また違った熱さになってしまう(笑)。

■“文学少女”と今日のおやつ〜『万葉集』〜

『万葉集』から引用される「恋ひ恋ひて逢へる時だに愛しき言尽くして長くと思はば」が破壊力抜群。恋しくて恋しくて仕方がないのに、その言葉をかけられなかった遠子先輩のことを思うと、これは……ズルい(笑)。こんな詩を笑顔で口ずさまれたら、さすがに朴念仁の心葉くんも落ちます

■“文学少女”と病がちな乙女(クロエー)

 男の子って、好きな女の子にはおごりたいものだからなぁ、とにやにや読んでしまった。もちろん今井さんと木尾くんがそうとは限らないわけですが、やっぱりそういう風に読んでしまうし、それを求めてしまう。

 ロンゴスの『ダフニスとクロエー』を元に描かれているわけですが、もちろん読んだことがなく(苦笑)。どんどん読みたい本が溜まっていくのが、このシリーズ。

■“文学少女”と今日のおやつ〜『ムギと王さま』〜

 ファージョンの『ムギと王さま』が元ネタなんだけど、どうしてこの作品がチョイスされたのかわからなかったなぁ。読み込み不足だ。

■無口な王子(プリンス)と歩き下手な人魚(マーメード)

 小川未明の『赤い蝋燭と人魚』をモチーフに描かれるのがこのエピソードですが、この短編集ではこれがいちばん好き。
 ネタ本との絡み方が半端ないほどステキな気がする(原作を読んだことがないので、本エピソードで語られる範囲に関しては、ですが)。

 ようは、『赤い蝋燭と人魚』において、いったい誰がいちばん悲劇だったのか、というところですよ。もちろん人魚だろ、といいたいところでしょうが、僕は人魚の母親だったんじゃないかと思うわけです。まあ人魚を地上に置いてくる辺り育児放棄にもほどがあるんですが、彼女には娘の幸せのためという大義名分があった。それが崩れ去っていたとしたら? 海よりも地上の方が安全だという幻想を信じたからこそ娘を丘に置いてきたのに、そこは海よりも危険な場所だったという現実を知ってしまっていたとしたら? それはさながら、美羽の語った物語が嘘だと言われてしまった子供たちや芥川くんの強さが虚構だと知ってしまった時の美羽のように。

 それでも、人魚の母親は娘を迎えに行く勇気が持てなかったのではないかと、現実に飛び込んでいくべき一歩を踏み出せなかった。『赤い蝋燭と人魚』という物語を僕はそう読んだんですが、であれば、このエピソードはどうなのか?

 いわれのない言葉で傷ついてしまう現実を知った上で、美羽がそこに飛び込んでいく。少なくともそこに向かって歩き始める、そういうエピソードだったんじゃないかなぁ、と解釈してみたり。

■“文学少女”と扉のこちらの姫(レイデイ)

 多分「物語」を読むことで「現実」へと脱却するというのが、『文学少女』シリーズ全土に渡るテーマなんじゃないかと。上記のエピソードでようやく気がついたので、そういう意味では、ハインラインの『夏への扉』を元に姫倉麻貴が現実へと飛び出していくのが今回。麻貴の猫っぽさといい、扉というガジェットといい、すごく良いチョイスだなぁ。

■“文学少女”と浮気な予言者(ヨカナーン)

 ワイルドの『サロメ』のような、自分を殺(あい)してくれる人を探している流人ですが、それもやり過ぎると……。ななせ好きとしてはどうしても嫌なイメージを持ってしまうんですが、普通に落ち込んだりしてるのを見ると、なんか普通の子だなぁ、と(←騙されてる)。

■“文学少女”と今日のおやつ 特別編〜『スノーグース』〜

 もはや語るまい。



 ネタ本が十冊あっても一冊も読めてないのは驚きでした。またそっちも読んでから再読してみよう。

“文学少女”と恋する挿話集 1 (ファミ通文庫)
“文学少女”と恋する挿話集 1 (ファミ通文庫)

ぼくに似た美しい天使の歌声は/野村美月『”文学少女”と穢名の天使』/感想



「……あたしは、知りたいし、夕歌を助けたい」

 全国のななせファンのみなさーん!
 ついに……、ついに! 琴吹さんメインの物語が登場。
 その破壊力ときたら……、想像を絶しておりました。彼女の魅力を余すところなく描いた『”文学少女”と穢名の天使』はめちゃくちゃ恣意的ですが、「文学少女」シリーズ最高傑作といっても、過言ではないでしょう。前々から気にはなっていましたが、今回で惚れた。前巻で天野遠子先輩にも惚れたから、これで二股です。ああ、どっちを選べば良いんだ、こんちくしょう(笑)。
 ……とまあ、ふざけるのは大概にして、以降はネタバレ感想です。未読の方はご注意を。
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”文学少女”と他人がわからないと嘆くセンチメンタルな人々と/野村美月『”文学少女”と死にたがりの道化』/再読感想



 これだから文学少女は油断ならない。
 頭の中が文学してておよそ現実的じゃないから、目を離すとなにをしでかすかわからない。平気で他人を巻き込む。


 あなたは他人を理解したいでしょうか。
 僕は、まあ理解できなくても良いかなぁ、と思っています。他人を理解するというのが、つまり、どういう状態を意味するのかよくわからないからです。例えば、あまり気持ちを表情に出さない人が怒っているのがわかれば、他人を理解しているということなのか。例えば、アレだアレを取ってくれ、と言われて、それを取ることができたら他人を理解しているのか。前者の場合、理解も何もそれまでの状況で判断できるだろうし、後者の場合もさもありなんという感じです。我ながらものすご〜く例が悪いとは思いますが、果たして他人を理解するというのは一体どういうことなのでしょうか。
 本作のある登場人物が悩んでいるように、他人が笑っている時に自分も笑える、泣いている時に自分も同じように泣ける、それができれば、他人を理解していることになるのでしょうか。わかりません。使い古された言い回しですが、同じ笑っているにしても、それぞれの感情は別物のような気がします。本当に他人を理解するというのはどういうことなのか。
 そもそも他人を理解できないことは問題なのかな、とも思います。
 日々、人とすれ違ったり、喧嘩したりするのは、他人を理解できないために起こっていることとは思えないし、他人を理解できないと何が起こるのかというのもひどく曖昧だと思います。極端に言って、今まで他人を理解できた気がしないけれど、それによって何か被害を被った記憶もない。そういうこともあり、僕は、まあ他人を理解できなくても仕方ないかなぁ、という結論に落ち着いています。
 他人を理解するのに正直あまり関心がない僕ですが、他人自体に興味がないのかと問われれば、NOと答えます。それとこれとは話が別です。理解しなくても良いけれど、「許容」はしたい。おそらくは人が他人を理解したいと思うのと同じぐらい、僕は他人を許容したいと考えていると思います。なるべく肯定もせず、否定もせず、受けいれたい。まあ、良いんじゃない? 別に良いってワケじゃないけど、って感じで。



 相変わらずの妄言ですが、まあ気になさらずに。本題はここからです↓。
 本作は、管理人的に一押しのライトノベルシリーズです。著者は『赤城山卓球場に歌声は響く』でデビューされた野村美月さん。イラストを描かれているのは、『丘の家のミッキー』シリーズ新装版の竹岡美穂さんです。
 とりあえず、文学好きの人とか、単純に三つ編みの女の子が好きな人とか、主人公を嫌う強気な女の子とか好きな人、とにかく読んでみてください。ホワホワっとした気持ちにもなれます。現在刊行されているのは三冊で、刊行順は『”文学少女”と死にたがりの道化』『”文学少女”と飢え渇く幽霊』『”文学少女”と繋がれた愚者』で、まあ順番に読むことを一応オススメします。
 この”文学少女”シリーズは、一巻ごとに種本というのか、ネタ本というのか、モチーフになる作品があって、それになぞらえるように事件が起きるという、なんともマニアックな構成になっています。がしかし、その作品を読んでいなくても、問題なく読めますので心配なさらずに(どちらかというと、こっちを読んだあとに、その作品も読みたくなる感じです)。マニアックと書きましたが、非常にライトで読みやすいと思います。多分この本を読んで、読書が好きになる中高生とかいると思うなぁ。僕も中学生の時にこの本を読んでいたら、文豪の作品とか今バリバリ読んでいると思う(影響受けすぎだ!)。

 そろそろ本作の内容を紹介しようと思います。ああ、未読の方で”文学少女”の雰囲気を知りたいというなら、『”文学少女”の今日のおやつ』がオススメ。

 ではでは、内容紹介を。

 二年前、謎の美少女(?)天才覆面作家として一世を風靡した、井上心葉(♂)は、多大な犠牲を払いながらも、今は平和な日常に還りつつあった。ただ一点――比喩でも何でもなく――物語を食べちゃうぐらい深く愛している”文学少女”天野遠子先輩に、毎日おやつの作文を書いていることを除いて。
 その日も、いつもと変わらず、遠子先輩のおやつの作文を書いている心葉の所に、突然恋文の代筆依頼が舞い込んでくる。それは心葉の作文に厭きたらず、恋のラブラブレポートを搾取するための遠子先輩の陰謀だった。不本意にも、代筆を引き受けることになってしまった心葉だったが、ある日その相手がもう存在しないことを知って……

 というお話です。
 見所はもう何と言っても、遠子先輩の蘊蓄とか書評です。遠子先輩は、普通の人が食べるようなケーキだとかパフェだとかの味は感じられない代わりに、本を食べ物のように批評していくんです。その語り口がとにかく”文学少女”の魅力だと思います。例えば、心葉が”初恋””苺大福””国会議事堂”で三題囃を書いた時の、遠子先輩の書評がこちら。

「やだぁ、苺大福の箱が落っこってきて初恋の人が死んじゃった〜〜〜〜。やだぁ、やだぁ、ヘンな味〜〜〜〜。お豆腐のみそ汁に、あんこを浮かべたみたい〜〜〜。ぐすっ、ひっく、マズイよ〜〜〜」

 どうですか、魅力的でしょう(笑)。微妙に外している三題囃のお題を見るのも楽しい。”ホチキス””遊園地””ラムしゃぶ”とか。 続きを読む
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